子どもの頃、祖父母から戦時中の話を聞いたことがあります。ただ当時は正直あまり実感がわかず、1時間ほど話を聞いた日もありましたが、断片的にしか覚えていません。それでも今になって思い返すと、この街で実際にあった出来事として、少しずつ意味を持ってきました。
畑の中を走って逃げたという話
祖母は、豊橋空襲を経験しています。空襲の中、畑の中を必死に走って逃げたと聞きました。
その光景を詳しく覚えているわけではありませんが、「畑を走って逃げた」という言葉だけが、なぜかずっと残っています。
今の静かな街の様子からは、なかなか想像しにくい出来事です。
戦地での祖父の話
祖父は陸軍に所属し、東南アジアにいたそうです。食事を担当していたこともあり、現地の人に食料を分けてもらったり、玉ねぎを炒めただけのおかずでしのいだりしていたと聞きました。戦後、捕虜としてオーストラリアから帰国したときには、やせ細って別人のようだったとも聞いています。
それでも残っている「食の記憶」🍠
そんな祖父ですが、料理がとても上手でした。おにまんじゅうや干し芋、かつ丼、ナスとひき肉のみそ炒め。どれも今でも印象に残っています。
家の隣には畑があり、いろいろな作物を育てていて、お米も毎日朝晩炊かれていました。
当時はそれが当たり前でしたが、今思えばとても恵まれた環境だったと思います。
今の風景と、昔の記憶 🏡
祖父母はすでに他界し、かつて畑だった場所には、今はアパートや住宅が建っています。
景色は大きく変わりました。でも、あの場所にあった暮らしや記憶は、確かにこの街の中に積み重なっているのだと思います。
豊橋の街は、何気ない日常の中に、こうした過去の積み重ねがあって成り立っています。
普段は意識することは少ないですが、少しだけ立ち止まって、昔のことに思いを巡らせてみるのもいいかもしれません。
今の暮らしもまた、これから先につながっていく一つの記憶になるのだと思います 。
